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福岡地方裁判所行橋支部 昭和54年(ワ)68号 判決 1982年8月17日

原告

衛藤淳次

被告

兵頭一成

主文

被告は原告に対し金六〇万六八〇〇円及びこれに対する昭和五一年八月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金四一〇七万九九二五円及びこれに対する昭和五一年八月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という)により左の通りの傷害を受けた。

(1) 発生日時 昭和五一年八月一四日午後三時三〇分頃

(2) 発生場所 福岡県豊前市大字久松一二〇の二の国道一〇号線の自転車及び歩行者専用区分帯上

(3) 加害車両 普通小型乗用自動車・車両登録番号(神戸五六ひ九七六九)

(4) 右車両の保有

及び運転者 被告

(5) 被害者 原告

(6) 事故の態様 原告法定代理人小倉文男が原告を自転車後部座席に乗せ、事故現場を小倉方面に向けて走行中後方から進行して来た加害車両が、原告と並進するや急に原告らの直前を左折したため、原告は加害車両に激突され左方路面に転倒、叩きつけられた。

(7) 受傷の状態 原告は、本件事故によつて頭部外傷・脳挫傷等の傷害を蒙り、昭和五一年八月一七日から同年九月一三日までの二八日間梶原病院に入院し、現在尚通院治療を要し重大な後遺症状を呈しているものである。

2  責任原因

被告は本件加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告が本件事故により受けた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告は本件事故により次のとおり損害を受けた。

(一) 入院付添費 金七万円

原告は事故当時三歳の幼児で、入院中は終始両親の付添を要したので、入院中の付添費一日当り金二五〇〇円の二八日分である右金額を請求する。

(二) 入院雑費 金一万六八〇〇円

入院期間中一日当り金六〇〇円の二八日分の雑費用支出を要した。

(三) 入通院慰藉料 金一一〇万円

原告の昭和五一年八月一七日より同年九月一三日迄の入院治療後昭和五二年六月一五日迄の九ケ月間の通院治療に対する慰藉料としては右金額が相当である。

(四) 後遺症障害による損害 金三六三七万三一二五円

原告は、本件事故時、正常なる分娩出産後順調に生育し事故前四ケ月の四月から宇島保育園に通園する正常潤達なる三歳児男子であつた。しかし、本件事故後四ケ月の一二月には九州労災病院主治医斉藤医師が左記所見の如き診断を為す状態となつた。

(1) 対人関係には無関心で自閉的性格となり友達と遊んだり親を後追いする感情を持たなくなつた。

(2) 身体・運動面では走ることはできても動作がフラフラし注意力が散慢になつている為、障害物を避けきれず一時も目を離せない。

(3) 知的成育面では事故前得ていたものを多く失い、食事を手づかみし、衣服脱着が出来ず、排便排尿を教えないなど身の廻りの事が出来なくなつた。

(4) 言語・会話力の面では、事故前知つていた言葉の記憶はあつても、単語のみの記憶であつて、適切な使用能力を失ない簡単な指示には従えても、ちよつとした質問(例えば、名前や年を聞く質問)には全く対応できずイントネーシヨンもおかしくなつている。

(5) 以上総合して総ての面で同年齢児に比して劣つているばかりか退行していると判断する。

以上のとおりの症状であつて、事故前通園していた保育園からは「他の園児に危害が及び、保母も面倒がみれないから」との理由で、わずか一日丈の再通園であるにもかかわらず通園を拒否され、以降は原告の妹に対する危害防止と本人の危険防止の為、原告の母親が一時も目を離せない自宅療養と通院生活を経過し昭和五四年四月就学年齢に達した。

しかし、昭和五四年七月一九日総合療育センター高松医師は病名「中枢性神経機能障害」と診断した上で「腱反射・粗大運動面で現状所見を認めないが、協調性なく、微細な巧緻性を必要とする運動に障害が認められる。また知能精神系面では多動症状と知能低下が認められ特に数概念が弱い」と所見を述べる状態で、通学している小学校の担任教諭からは左記現状に照らし、昭和五四年九月からの二学期より養護施設への通園を勧告された。

(1) 身体・運動面について

(イ) 鼻血を良く出し、食物も嘔吐する。

(ロ) 動作がぐずつぽく走らせると横に走る。

(ハ) 衣服の着脱が出来ず排便排尿も教諭が仕末することが多い。

(2) 対人関係及び神経障害面について

(イ) 普段は気が弱くメソメソし、自分の意思を表現せず自発的行動がないのにひきかえ、やらせていると何時までもやつていて一人で部屋に閉じこもるような子であるが、雨が降る前からは行動が変わり粗暴な子になる。

(ロ) 物の良し悪しの判断がつかず、物事に対してなげやりな根気のない他人に依頼心の強い子である。

(3) 学習面について

(イ) 教えても知識の蓄積が出来ず、現在も字が書けず、数字も読めず、計算も出来ない状態である。

(ロ) 指が悪いようで、小さな物が書けず絵を描かせると黒つぽく塗りたくるばかりである。

以上の原告の症状経過及び後遺症障害状態を検討するとき、雨時の粗暴性や用便等の介護を要する状態は今後とも治癒の見込みはない。また、精神的・身体的機能低下は争うべくもなく、独力による労務は全く見通しが立たず、他人のひんぱんな指示下による労務も巧緻性及び持続力に一般人より相当劣つたものしか就労出来ないであろうことは明白である。

よつて、原告は本件交通事故により少なくとも等級第五級二号の後遺症障害を蒙つたものである。

1 後遺症による逸失利益 金二四三七万三一二五円

原告は、本件事故当時三歳で現在六歳の児童であるが本件事故に遭遇することがなければ少なくとも高等学校を卒業後正常に就業し六七歳までの四九年間正常に就労し得たものであるが、本件事故による後遺症第五級二号該当の障害により労働能力は七九%喪失し、その損害は左のとおりとなる。

(1) 一八歳男子の全国平均月額給与額

金一〇万五三〇〇円

(2) 労働能力喪失期間四九年の新ホフマン係数二四・四一六右(1)(2)及び労働能力喪失率七九%より次のとおり一〇五、三〇〇円×一二ケ月×〇・七九×二四・四一六=二四、三七三、一二五円

2 後遺症障害に対する慰藉料

金一二〇〇万円

右記述のとおりの原告後遺症障害状態をつぐなうには慰藉料として金一二〇〇万円を下らない。

(五) 以上(一)ないし(四)を合計した原告の本件事故による損害は金三八四五万九九二五円となる。

4  損益相殺

原告は、自賠責保険より金二五万円と被告より金三万円の合計金二八万円の支払を既に受領している。

5  弁護士費用 金三八〇万円

原告法定代理人らは、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、着手金として金一〇万円と成功報酬として右損害額の一割に相当する金三七〇万円の支払を約した。

6  結論

よつて、原告は被告に対し金四一〇七万九九二五円及びそれに対する本件交通事故発生日である昭和五一年八月一四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち(2)の発生場所が自転車及び歩行者専用区分帯上であること、(6)の事故の態様及び(7)の原告が現在通院治療を要し、重大な後遺症状を呈していることは否認するが、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する(但し、受傷時の原告の年齢は認める)。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は原告法定代理人らが原告訴訟代理人に委任したことは認めるが、その余は不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実中(1)、(3)、(4)、(5)は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証、第七号証の一、二、第八ないし第一〇号証及び原告法定代理人小倉文男本人尋問の結果を総合すれば、被告が加害車両を運転して国道一〇号線を中津方向から行橋方向に向けて運転中本件事故現場付近のガソリンスタンドで給油するために左折して進入するに際し、自転車通行区分帯上を同一方向に向け進行していた原告法定代理人小倉文男運転の自転車に注意することなく左折進入したために同自転車の進路前方に加害車両を進出させたこと、そのために小倉文男が衝突を避けることが出来ず加害車両の左後部に自転車を衝突転倒させたため、その衝撃で自転車の後部に同乗していた原告が路面で頭を打ち頭部外傷の傷害を受けたことが認められる。

三  請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、被告は原告の受けた損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  原告が本件事故により昭和五一年八月一七日から同年九月一三日まで梶原病院に入院したことは当事者間に争いがない(原告はその後も昭和五二年六月一五日まで通院治療を受けたと主張するが、後記五に述べるようにその後の治療は本件事故と関係の認められない原告の先天性素因によるものと考えられる)。

(一)  入院付添費 金七万円

原告が受傷時三歳であつたことは当事者間に争いがなく、近親者の付添看護が必要と認められるところ、その額は一日当り金二五〇〇円の二八日分、合計金七万円が相当である。

(二)  入院雑費 金一万六八〇〇円

原告は右入院期間中入院雑費として一日当り六〇〇円の二八日分、合計金一万六八〇〇円を支出したと推認される。

(三)  慰籍料 金七〇万円

原告の受けた傷害の部位程度、入院期間その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると原告の受けた精神的苦痛に対する慰籍料は金七〇万円が相当である。

2  損益相殺

右損害額の合計は金七八万六八〇〇円となるが、原告は自賠責保険金二五万円及び被告よりの見舞金三万円の計二八万円を受領していることは当事者間に争いがないので、この金額を控除すると金五〇万六八〇〇円となる。

3  弁護士費用 金一〇万円

原告法定代理人らが原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは当事者間に争いがなく、本件訴訟の難易、経過、認容額を考慮すると被告に対して賠償を求めうる弁護士費用は金一〇万円と認めるのが相当である。

4  以上により被告は原告に対し金六〇万六八〇〇円を支払う義務がある。

五  後遺症障害による損害賠償請求についての当裁判所の判断

1  原告は本件事故により後遺症を受けたとして金三六三七万三一二五円の損害金を請求しており、成立に争いのない甲第五号証、原告法定代理人小倉文男の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証の三、証人山田真知子の証言及び原告法定代理人らの各尋問の結果を総合すれば、原告が後遺症であるとして主張する請求原因3(四)記載の知能発達障害や情動面の異常が本件事故後の原告に存在することが認められる。

2  しかしながら、鑑定人島史雄の鑑定結果によれば「前記交通事故による頭部外傷は臨床的に有意な器質的脳損傷を与えたとは考えられない。原告は精神発達遅滞児であり、原告主張の知能発達障害は先天性素因に因ると考えられる。従つて原告主張の、いわゆる後遺症状は外傷性脳損傷に起因するものではない。但し、原告親権者が前記外傷後気付いたと主張する情動面の異常は外傷性神経症を否定することはできない。」とされている。

右鑑定の結果によれば原告主張の後遺症状と本件交通事故との因果関係を認めることはできないし、情動面の異常についての外傷性神経症の疑いについても可能性を否定できないというのであり、医学的に因果関係を証明できるというものではないから、右鑑定の結果に照らすと原告の主張は理由がなく、後遺症による損害賠償請求は認められない。

六  以上により原告の本訴請求は金六〇万六八〇〇円及びこれに対する昭和五一年八月一四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九八法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を(仮執行免脱宣言の申立は相当でないのでこれを却下する)各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 草野芳郎)

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